国民が初めて見る日本政府の防空体制の総括

「防空に関する諸計画の実施状況並びに所見」  昭和二十年十月二十七日
               大日本帝国政府(内務省の防空総本部・大日本防空協会)
                  (国立国会図書館蔵ー米国戦略爆撃調査団報告)

  「次ノ戦争に対スル意見」 元 大日本防空協会理事長 松村光麿
                   (国立国会図書館蔵ー米国戦略爆撃調査団報告)

   標記の2資料は、日本敗戦の直後、来日した米国戦略爆撃調査団の調査・質問に
応じて、10月下旬に提出された政府・内務省の回答書である。

  表題のように、政府担当部署が日本全体の防空計画と実施状況を調査して総括し、
 今後起きるであろう戦争の際、防空体制をどう計画し、実施するか留意点をまとめ、
 アメリカ(や日本)が次の戦争を行う際の参考に供するため、
 日本国民には秘匿して提出された報告文である。


呉戦災を記録する会は、今までにもいくつかの防空体制の計画資料や実施状況の資料を
入手し公開してきたが、その資料は政府・自治体が公表したものではなく、
国民には発表せず、アメリカに提出していた資料を国立国会図書館所蔵の
米国戦略爆撃調査団報告の中から入手し、市民に公開していたものである。

 今回の「防空に関する諸計画の実施状況並びに所見」の要旨を踏まえると
日本とアメリカの戦争に対してどんな違いが有ったかが読み取れる。

  アメリカ軍は科学的・合理的な空襲を目指し、事前に研究や偵察をして爆撃目標を
設定し、目標に対して大量の爆撃機集団で、攻撃を受けない高高度の上空から大量の
爆弾・焼夷弾を投下し、目標都市の工場や家屋を破壊し焼き尽くした。

  日本軍・政府は事前に合理的・科学的な対応を行なわず、
精神主義(大和魂や神風を期待)でB29爆撃機には竹やり訓練を、
爆弾・焼夷弾には火叩きとバケツ消火の訓練を強要し、
最後には火災に弱い日本家屋の地下に床下防空壕を掘らせ、
老幼婦女子の疎開、建物・財産の疎開へと消極的な防空対応で
多くの市民を死傷させ、家屋財産を焼失させた。

 政府の総括では、防空体制は5段階の変遷があったが、いずれも
軍部の無策と国民の意識の欠如により、アメリカ軍の攻撃の変化に付いて行けず
後手ごてに回り、被害を拡大してしまったと言っている。

 読みにくいかも知れないが、じっくり読んで、今も続く精神論や政府の記録公開の
現状にも思いを走らせてみては如何でしょうか。

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